所有する中古マンションを第三者に賃貸していたところ,まとまったお金が必要になったためにマンションを売却することになった,という話をよく耳にします。
もともと投資用マンションとして,誰かに賃貸している中古マンションを購入したという場合は別にしても,当初は居住用物件として購入したものの,居住の必要がなくなったマンションを誰かに貸し,その後売却するということは決して珍しくはありません。
そこで,今回は第三者に賃貸中の中古マンションの売却についてお話します。
1.賃貸中の中古マンションの売却と賃借人との関係
第三者に貸していて,現在,第三者が居住中の中古マンションであっても,もちろん,売却は可能です。
第三者に賃貸中の中古マンションの所有者が変わることを「オーナーチェンジ」と言いますが,「オーナーチェンジ」は不動産市場では日常的にあることです。
それでは,「オーナーチェンジ」をする場合,中古マンションを借りている人(「賃借人」と言います。)の承諾は必要なのでしょうか?
結論から言えが,賃借人の承諾は不要です。
中古マンションを貸している人(「賃貸人」と言います。)の義務は,「居住に適したマンションを賃借人に貸し出すこと」に尽きます。
それは,どうしても特定の人でなければ果たせない義務ではなく,マンションの所有者であれば,誰でも果たすことが可能です。
ですので,「所有者=賃貸人」という図式が成立している中で所有者が変更した場合には,それに伴い賃貸人も変更する(新所有者が新たに賃貸人になる)ことになり,そこには賃借人の意思は関係なく,賃借人の承諾は必要ありません。
例えば,AがBに賃貸している中古マンションをCに売却してCが所有者になった場合には,Bがそれを承諾してもしなくても,当然にAB間の賃貸借契約は,CB間に引き継がれるのです。
そして,Cは,所有権移転登記さえ済ませていれば,Bに対して,「今後は私に家賃を払ってください。」ということができるのです。
この時,仮に,Bが「私はAからマンションを借りたのであって,Cを賃貸人とは認めない。」と言ってもそれは法律上なんの意味もなく,もしもBがCに家賃を支払わなければ,Bは家賃支払の債務不履行となり,最終的には賃貸借契約を解除され,マンションから追い出されることになるのです。
(ただし,例外的に,AとBとの間の賃貸借契約において,例えば「Aがマンションを売却する時は,Bの同意を要する。」とされ,所有権の移転に賃借人の同意が必要とされている時は,予めBの承諾が必要です。)
オーナーチェンジがあると,通常は家賃の振込先も変更されますので,実務上,賃借人に対しては,中古マンションの売却後,買主から「オーナーチェンジ」があったこと及び家賃の振込先口座が変更になったこと,を通知するのが一般で,賃借人はそれで賃貸人が変わったことを知ることができます。
なお,もしも賃借人がそのような通知を確認せずに,オーナーチェンジ後も売主の口座に家賃を振り込んできた場合には,売主は振り込まれた家賃相当額を買主に送金する必要がありますので注意が必要です。
2.敷金について
ところで,賃貸借契約を締結する際,賃借人から賃貸人に対し,『敷金』が差し入れられることが一般的です。
このような敷金は,オーナーチェンジによって,どうなるのでしょう。
結論から言えば,オーナーチェンジによって賃貸借契約が新所有者に引き継がれた場合,特段の事情がない限り,敷金も新所有者に引き継がれる,というのが裁判所の判断です。
ですので,新所有者は,中古マンションの所有権を取得した後,いずれ賃貸借契約が終了して賃借人が退去した際,賃借人に対して敷金の残余を返還する必要があります。
それでは,オーナーチェンジがあった時点で,賃借人による家賃の滞納があった場合は,滞納家賃の請求や敷金はどうなるのでしょうか?
例えば,Aが,所有する中古マンションをBに対して月10万円で賃貸し,その際,敷金として25万円を預かっていたというケースで,その後,AがCにマンションを売却したところ,その際,Bが1か月分の家賃を滞納していた,という事例で考えてみましょう。
このようなケースについて,まずはBの滞納家賃の扱いですが,これは,Cには引き継がれません。
つまり,「1か月分の滞納賃料を払え」,という請求はあくまでもAからBに対してのみ可能であり,CからBに請求することはできないのです(もちろん,売却により所有権が移転した後にBが家賃を滞納した場合には,Cは売却後の滞納家賃についてBに請求することは可能です。)。
そして,Aはこの滞納家賃について,マンション売却時に敷金から充当することが可能です。
つまり,Aは,Bから預かっている敷金25万円について,Bの滞納家賃10万円分を差し引いた上,残りの15万円分をCに引き継ぐことになるのです。
なお,敷金は買主に引き継がれると言うのは,実務上は,売却する中古マンションの代金と敷金を相殺し,敷金相当額を差し引いた売買代金が支払われることになります。
例えば,中古マンションを3000万円で売却することになり,敷金が25万円という場合,実際に買主が売主に交付する金額は2975万円になります。
マンションの1室であれば,敷金もせいぜい賃料の数か月分ですが,商業用物件であれば敷金もかなり高額なはずです。
もしもあなたが賃貸中の中古マンションの売却を希望している時は,査定時に査定金額から敷金を差し引いて計算することを忘れないようにしましょう。
3.家賃について
また,賃貸中の中古マンションを売却した際に問題となるのは,家賃の清算です。
というのは,現在の賃貸実務上,家賃の支払時期は先払い(例えば,毎月28日までに翌月分家賃を支払うなど)とされていることがほとんどです。
ですので,仮に,AがCに対して,4月10日に中古マンションを売却したという場合,4月9日までの分の家賃はAが取得し,4月10日以降の家賃はCが取得することになるはずですが,家賃が先払いの場合には,実際には4月分家賃は既に全額Aに支払われていることになります。
その場合には,AからCに対して,既に受領済みの4月分家賃のうち,4月10日以降の日割り家賃相当額を支払う必要があります。
この家賃の清算についても,先ほどの敷金と同様,実際には売却代金からその分を差し引くことになるでしょう。
通常の居住用マンションの賃貸の場合には,日割り家賃相当額は,それほど高額にはなりませんし,実際の売買日が決まらなければ金額は分かりませんが,予め査定時に,査定金額どおりに売却できたとしても,いずれそのような費用が発生して査定金額から差し引かれる可能性があることは頭に入れておきましょう。
なお,売却時に家賃の滞納があった場合,先ほど説明したとおり,滞納家賃は当然には買主には引き継がれません。
ですので,売却前の滞納家賃について買主が引き継ぐ場合には,売主から別途「債権譲渡」を受ける必要がありますので,注意が必要です。
4.不良賃借人について
最後に,中古マンションを賃借人に貸しているが,賃借人が賃料を滞納している,近隣とたびたび問題を起こすトラブルメーカーである,ゴミを室内に持ち込みゴミ屋敷になっている・・・というようないわゆる不良賃借人であるような場合,マンションを売却できるか,という相談をよく受けます。
この点,どんな賃借人であっても,理屈としてはこれまでお話したとおりですので,マンションを売却すること自体は可能です。
ただ,このような賃借人の特性を隠したままマンションを売却することはできません(後で発覚した場合には,当然,契約解除等の問題が生じますし,不動産会社が仲介している場合には,重要事項説明義務違反を問われるおそれもあります。)から,そのような不良賃借人が居住している中古マンションを購入するという人はそもそも少ないでしょうし,それでも構わないという買主は,当然,賃借人を退去させる費用を差し引いて売買代金を交渉してくるでしょう。
買主は,自ら賃借人を退去させるための費用と手間を考慮して売買代金を計算しますので,かなり買い叩かれることを覚悟してください。
というのは,このような不良賃借人は,出ていって欲しいと言って素直に出ていく方が稀ですので,退去させるには通常は裁判手続が必要になります。
この時,賃借人を退去させてからマンションを売却するか,退去させずにそのまま売却するかはその時の判断になりますが,通常は,退去させてから売却する方が,金額面だけを考えれば裁判に係る費用をプラスしてもなお,得になるでしょう。
ただ,裁判をするとなると,場合によってはかなり時間もかかります。
売却金額が安くなったとしても早くに売却してしまいたい,という方は,そのままの状態で売却せざるを得ないかもしれません。
中古マンションを売却する場合,まずは,マンションの査定を依頼するかと思いますが,簡単な査定では,このような不良賃借人の要素を考慮した査定はできません。
ですので,査定後,実際に売却の仲介を依頼するまでの間に,併せて不良賃借人を退去させる費用についても,弁護士に相談することをお勧めします。
賃借人を退去させる理由が家賃の滞納なのか,近隣住民とのトラブルなのか,ゴミ屋敷なのか,賃貸借契約の解除理由によって,裁判費用は大きく異なってきます。
また,素人目には,こんな不良賃借人は裁判をすればすぐに追い出せるであろうと思っていても,今日,賃借人は強く保護されていますから,専門家から見れば裁判をしても退去させられる見込みは低いというケースもよくあります。
査定金額はマンション売却を検討する上で,非常に重要な判断資料ですが,マンションに不良賃借人が居住しているという場合には,査定金額だけではマンション売却を決断することは危険です。
マンションの査定価格だけを見て売却を決めた場合に,後になって,高額な裁判費用がかかってしまった,あるいは売却金額が査定金額から大きく下がってしまった,ということになりかねません。
そこで,まずは,査定を経てマンションの市場価値を把握した上で,査定金額が希望の売却金額であったとしても,その後,実際に不良賃借人を退去させるための費用と手間を考慮して,売却するにはどうすれば良いか検討しましょう。